東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7917号 判決 1965年10月01日
主文
一 被告山田鉱一は、原告に対し別紙第一目録(一)記載の建物についてなされた東京法務局新宿出張所昭和三三年六月六日受付第一三、三六二号所有権移転請求権保全仮登記の付記登記(同出張所昭和三九年一〇月一〇日受付第二二、八〇二号右所有権移転請求権移転の付記登記)に基き、所有権移転の本登記手続をせよ。
二 被告山田鉱一は、原告に対し別紙第一目録(一)記載の建物を明渡し、かつ昭和三九年一二月一三日から右明渡ずみまで一ケ月金一万六八〇七円の割合による金員を支払え。
三 被告山口堅造は、原告に対し別紙第一目録(二)記載の建物部分を明渡せ。
四 被告前田昌宏は、原告に対し別紙第一目録(三)記載の建物部分を明渡せ。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 被告山田鉱一の反訴請求を棄却する。
七 本訴費用は、被告らの負担とし、反訴費用は、被告山田鉱一の負担とする。
事実
第一双方の申立
一 原告(反訴被告。以下単に原告という。)の申立。
(一)本訴について
「被告山田鉱一(反訴原告。以下単に被告山田という。)は、原告に対し別紙第一目録(一)記載の建物(以下本件建物という。)についてなされた東京法務局新宿出張所昭和三三年六月六日受付一三、三六二号所有権移転請求権保全仮登記の付記登記(同出張所昭和三九年一〇月一〇日受付第二二、八〇二号右所有権移転請求権移転の付記登記)に基き、所有権移転の本登記手続をせよ。同被告は、原告に対し本件建物を明渡し、かつ昭和三四年一一月三日から右明渡ずみまで一ケ月金一万六八〇七円の割合による金員を支払え。被告山口堅造は、原告に対し別紙第一目録(二)記載の建物部分を明渡せ。被告前田昌宏は、原告に対し別紙第一目録(三)記載の建物部分を明渡せ。訴訟費用は、被告山田の負担とする。」旨の判決及び登記手続請求部分を除く他の部分について仮執行の宣言を求めた。
(二) 反訴について
「反訴請求を棄却する。反訴費用は、被告山田の負担とする。」旨の判決を求めた。
二 被告山田鉱一の申立
(一) 本訴について
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。
(二) 反訴について
「原告は、被告山田に対し同被告から金三八万二五〇〇円及びこれに対する昭和三四年一〇月一〇日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員並びに金九三万二五〇〇円に対する昭和三〇年四月二四日から同三四年一〇月一〇日まで年一割五分の割合による金員の支払を受けるのと引換えに、本件建物についての東京法務局新宿出張所昭和三三年六月六日受付一三、三六一号抵当権設定登記及び同出張所同日受付第一三、三六二号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。(三)反訴費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。
三 被告山口堅造及び同前田昌宏の申立。
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 双方の主張
一 原告の請求原因
(一) 訴外春名幸夫と被告山田鉱一及び同被告の妻訴外山田ちた間の東京高等裁判所昭和三二年(ネ)第二〇〇九号事件につき、昭和三三年三月二九日同裁判所において右当事者間に次のような和解(以下本件和解という)が成立した。すなわち、
(1) 被告山田及び訴外山田ちたは、連帯して訴外春名幸夫に対し、金九三万二五〇〇円及びこれに対する昭和三三年四月二四日から支払ずみまで年一割五分の割合による遅延損害金債務を負担する。
(2) 被告山田及び訴外山田ちたは、前項債務のうち金五〇万円を昭和三三年七月一〇日、金五万円を同年一二月二九日までに訴外春名幸夫代理人弁護士木戸口久治方に持参して支払うこと。
(3) 被告山田及び訴外山田ちたが前項各期日までに前項各金員を遅滞なく支払つたときは、訴外春名幸夫は、(1)項の債務の残存額の支払を免除すること。
(4) 被告山田は、(1)項債務の支払を担保するため、その所有にかかる本件建物及び別紙第二目録記載の土地(以下両物件を総括して本件不動産という)に対し順位第二番の抵当権を設定すること。
(5) 被告山田及び訴外山田ちたが(2)項記載の金員を同項記載の期日までに完済しないときは、訴外春名幸夫は、(1)項記載の債務の支払にかえて本件不動産の所有権を取得するものとする。
訴外春名幸夫は、その場合(1)項の金員のうち支払ずみのものは被告山田及び訴外山田ちたに返還すること。
被告山田は、本件不動産につき訴外春名幸夫のために代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記をなすこと。
(二) そして、訴外春名は、右和解調書に基き昭和三三年六月六日本件建物につき東京法務局新宿出張所同日受付、第一三、三六二号をもつて昭和三三年三月二九日代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記を了した。
(三) 被告山田及び訴外山田ちたは、本件和解条項(2)項に定めた期日に所定金員の支払をせず、昭和三三年八月三〇日になつて金三〇万円を右春名に右条項所定債務の弁済として提供したので、同人は和解条項所定の支払方法との関係もあり一応これを預つたが、同被告はこのほかには右和解条項(1)項に定められた金員の支払をしなかつた。
(四) 従つて、訴外春名は、遅くても本件和解条項(2)項の最終支払日の翌日である昭和三三年一二月三〇日以降は被告山田に対し代物弁済として本件建物の所有権を取得できる権限を有していた。
そこで、訴外春名は、昭和三四年九月中旬頃原告に対して本件建物を売り渡すとともに同月一六日被告山田に対し、前記和解に基く代物弁済予約による予約完結の意思表示を発しこれは同月二二日同被告に到達した。従つて、原告は訴外春名との売買契約により右九月二二日に本件建物所有権を取得したものである。
(五) ついで、原告は、右に因る本件建物所有権取得について昭和三九年一〇月一〇日前記(二)記載の仮登記につき所有権移転請求権の譲渡を受けた旨の付記登記を了した。
(六) 原告が右主張の如く所有権を取得したにもかかわらず、被告山田は、何らの権原を有することなく本件建物を占有し、原告に対し一ケ月金一万六八〇七円の割合による賃料相当額の損害を与えている。
(七) 被告山口堅造は、別紙第一目録(二)記載の建物部分を、被告前田昌宏は、別紙第一目録(三)記載の建物部分を何らの権原なく各占有している。
(八) よつて、原告は、被告山田に対し本件仮登記の本登記手続をすること及び本件建物を明渡し、かつ、原告がその建物の所有権を取得した時期の後である昭和三四年一一月三日(本件訴状送達の翌日)から右明渡ずみまで一ケ月金一万六八〇七円の割合による賃料相当額の損害金を支払うことを求め、被告山口堅造及び同前田昌宏に対し、それぞれ右占有にかかる建物部分を明渡すことを求める。
(九) 仮に、原告が訴外春名から本件建物を買受けた事実が認められないとすれば、原告は予備的に次のとおり主張する。
原告は、昭和三四年九月一六日訴外春名から同訴外人が本件和解に基いて有する債権及び代物弁済予約上の権利等を譲受け、これについて同訴外人から被告山田に対し同月二二日その旨の譲渡通知がされ、更に、前記(五)項記載の付記登記を経た後である昭和三九年一二月一二日の本件口頭弁論期日に、原告は被告山田に対し代物弁済予約完結の意思表示をした。
従つて、原告は同日本件建物の所有権を取得した。
二 被告らの答弁
請求原因(一)及び(二)の事実は認める。
同(三)の事実のうち、被告山田が本件和解条項(2)項に定められた期日に所定の金員の支払をしなかつたこと及び昭和三三年八月三〇日訴外春名に対し債務の内入弁済として金三〇万円を交付したことは認める。
同(四)の事実のうち、訴外春名から原告主張どおりの代物弁済予約完結の意思表示のあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同(五)のうち、その主張の付記登記の存することは認めるが、その余は否認する。
同(六)のうち、占有の事実及び賃料相当額が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。
同(七)の事実は被告らに占有権限がないとの点を除いて他の事実は認める。
同(八)は争う。
同(九)の事実のうち、原告主張どおりの譲渡通知及び付記登記があつたことは認める。
三 主位的請求原因に対する被告らの抗弁
(一) 売買契約無効の抗弁
原告が請求原因(四)において主張する訴外春名と原告間の本件建物の売買契約成立の事実は被告らの否認し争うところであるが、仮にそうした契約があつても、それはいわゆる事件屋がその間に介在し被告山田の窮状に乗じ同被告から暴利を得ようと意図してなされた契約で公序良俗に反する無効のものである。
(二) 代物弁済予約無効の抗弁
本件代物弁済の予約は、本件和解条項による金銭債権の支払を担保する趣旨のものであるから、次の(三)の(3)で主張するような時価を有する物件を元金九四万円余の債権のために代物弁済として取得できるとする点において利息制限法第一条、第三条に違反する無効な契約であつて、本件代物弁済予約完結の意思表示はその効力がない。
(三) 代物弁済予約完結の意思表示無効の抗弁
(1) 仮に、そうでないとしても、右売買契約に伴い訴外春名のなした代物弁済予約完結の意思表示は、昭和三四年九月一六日最高裁判所内郵便局長の同日受付乙第四八六号の書留内容証明郵便でなされているが、同訴外人は同日右郵便の発送に先立ち同局長受付乙第四七七号の書留内容証明郵便をもつて同訴外人が本件和解に基いて代物弁済予約上の権利等を原告に譲渡した旨の通知を被告山田宛に発している。この事実によつても明らかなように、訴外春名は代物弁済予約完結の意思表示をする以前にすでにその有する代物弁済予約上の権利を原告に譲渡しているのであるから、右完結の意思表示はこれをする権限のないもののなした無効のものというべきである。
(2) 被告山田は、昭和三三年八月末頃当時東京国税局長及び訴外森田一男との間に本件不動産に関する係争事件(東京地方裁判所昭和三三年(行)第七一号事件、同庁同年(ワ)第六五二八号事件)があつたので訴外春名にその事情を述べて本件和解条項(2)項の債務について支払の猶予を乞い、右訴外人からその支払を右係争事件が解決されるまで猶予された。しかして、東京国税局長との間の訴訟事件は、第一審において被告山田が敗訴し、同被告において控訴したが控訴棄却となり、控訴審判決は昭和三四年一一月二六日確定し、訴外森田との間の訴訟事件は、昭和三五年一月二七日和解成立によつて終了した。その和解は別紙第二目録記載の土地(以下本件土地という)を被告山田が訴外森田から買受けることを内容としたもので、買受代金支払期限は同年三月一〇日と定められていた。従つて、本件和解条項(2)項の債務については、右買受代金の支払期限である同年三月一〇日まで、もしくは少なくとも右和解成立の日である同年一月二七日まで支払を猶予されていたものということができるから、その猶予期間内である昭和三四年九月二二日にした代物弁済予約完結の意思表示は無効である。
(3) 本件和解は、本件不動産を代物弁済予約の対象としているが、その両者を合わせた時価は
(イ) 本件和解成立時の昭和三三年三月当時、金一〇九七万八〇〇〇円
(ロ) 予約完結の意思表示のなされた昭和三四年九月当時金一三〇〇万〇八〇〇円であり、本件建物のみを地上権付きで取得する場合の時価は
(イ) 本件和解成立時の昭和三三年三月当時、金八三五万二四〇〇円
(ロ) 予約完結の意思表示のあつた昭和三四年九月当時、金九二九万九五〇〇円であり、しかも登記簿上記載されていた担保については右和解成立当時被担保債権がすべて完済されていて無担保の不動産となつていたから、その価格は、本件和解条項(1)項による債務金九三万余円、まして同(2)項の五五万円をはるかに超えるものであつたこと、被告山田は、本件和解成立前から右各不動産について東京国税局と差押及び公売処分に関し抗争中で金銭的にも無理をしていたときの和解であることから、右不動産を単純に右債務の代物弁済とするものであるなら特別な事情があつたものというべきところかかる事情はない。このような点及び本件和解条項(3)項と代物弁済予約の対象となつた本件不動産の明渡条項のないことなどを綜合して合理的に判断すると、和解条項にいう代物弁済の予約は、和解条項上の金銭債権を担保することにあつて、弁済期後は債権債務を精算し債務額を確定したうえ、改めて担保物件の価額を見積りこれと債務と相殺する趣旨であつたとみるべきであり、また、代物弁済は有償契約の本質を有する以上、訴外春名は先に受領した金三〇万円を被告山田に返還したうえで債務の弁済に充当する担保物件の価額を決定し、その後において予約完結権を行使すべきであつたのである。ところが、同訴外人はこのような前提手続をしないで、予約完結の意思表示をしたのであるから、右意思表示は無効である。
四 予備的請求原因に対する被告らの抗弁
(一) 権利譲渡契約無効の抗弁
原告主張の権利譲渡契約は、いわゆる事件屋がその間に介在し被告山田の窮状に乗じ同被告から暴利を得ようと意図してなされた契約で公序良俗に反する無効のものである。
(二) 代物弁済予約無効の抗弁
本件代物弁済予約は前記三の(二)で主張するとおり利息制限法第一条、第三条に違反する無効な契約であるから、本件代物弁済予約完結の意思表示はその効力がない。
(三) 予約完結の意思表示無効の抗弁
(1) 本件和解の趣旨は前記三の(三)、(3)で主張するとおりであるのに訴外春名はこのような前提手続をしないで予約完結の意思表示をしたのであるから、右意思表示は無効である。
(2) 被告山田は前記三の(三)、(2)に記載した猶予期間内である昭和三三年八月三〇日に金三〇万円を訴外春名に対して支払い、更に、昭和三四年一〇月一〇日に残額金二五万円を債権者の受領拒否を理由として、訴外春名に対し弁済供託し、ここにおいて本件和解条項(2)項所定の債務を完済した。従つて、その後である昭和三九年一二月一二日にした代物弁済予約完結の意思表示は無効である。
五 被告らの抗弁に対する原告の答弁
(一) 訴外春名と原告間の本件建物売買契約若しくは債権等の譲渡契約に被告ら主張の事実が存在していたことは否認する。
(二) 本件代物弁済の予約は、訴訟上の和解によるものであり、その条項をみても被告ら主張のように無効と解すべき事由はない。
(三) (1)訴外春名が昭和三四年九月一六日被告ら主張の受付番号による内容証明郵便で被告山田に対し、代物弁済予約完結の意思表示と和解上の債権等の譲渡通知を発したことは認めるが、その余の点は争う。
(2) 債務の支払期限を猶予したとの事実は否認する。
(3) 予約完結の意思表示をする前提として、被告ら主張の手続をする要ありとの点は否認する。
(4) 被告山田がその主張のとおり弁済供託したことは認めるが、その余の事実は争う。
被告ら主張の金二五万円の供託は、つぎのとおり無効である。
(イ) 本件和解条項上の債務は持参債務であるにもかかわらず、被告山田はこれを原告に対し現実に提供することなく供託したものであるから無効である。
(ロ) また、訴外春名が原告に本件和解条項上の権利を譲渡した旨の通知が被告山田に到達しているのに、その後に至り譲渡人の訴外春名に対して供託しているものであるから無効である。
(ハ) さらに訴外春名または原告のいずれに対してであれその当時被告山田の負担していた債務は、金九三万二五〇〇円から訴外春名に預託した金三〇万円を控除した金六三万二五〇〇円であるはずなのに、右供託は金二五万円にすぎないからこの点からも債務免責の効力はない。
六 被告山田鉱一の反訴請求原因
原告は、昭和三四年九月一六日訴外春名から本件和解にもとずき同訴外人が被告山田鉱一に対して有する債権及びこれを担保する抵当権と本件建物所有権の移転を目的とする代物弁済予約上の権利の譲渡を受けた。そして、これについて同月二二日譲渡人春名から被告山田にその旨の譲渡通知があつたのであるから、原告はこれにより右訴外春名の地位を承継していることとなる。よつて、被告山田は、原告に対し被告山田が昭和三三年八月三〇日訴外春名に支払つた内金三〇万円及び昭和三四年一〇月一〇日同訴外人に弁済供託した金二五万円の計五五万円を本件和解条項(1)項の金九三万二五〇〇円から差引いた金三八万二五〇〇円及びこれに対する昭和三四年一〇月一〇日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員並びに金九三万二五〇〇円に対する昭和三三年四月二四日から昭和三四年一〇月一〇日まで年一割五分の割合による金員を支払う義務があることとなる。
そして、被告山田が原告に対し右各金員の支払を了すれば、原告は被告山田に対し本件和解条項に基いてなした本件仮登記及び同被告の申立欄に記載の抵当権設定登記を抹消する義務が生ずるものといわなければならない。
よつて、被告山田は、原告に対し原告が右各金員の支払を受けるのと引き換えに右各登記の抹消登記手続をすることを求める。
七 反訴請求原因に対する原告の答弁
反訴請求原因にいう債権等の譲渡の事実は、認めるが、原告が本訴の主位的請求原因において主張した訴外春名の予約完結の意思表示或いはその予備的請求原因において主張した原告のした前記代物弁済完結の意思表示によつて被告山田の債務はすでに消滅しているから反訴請求原因は理由がない。なお、この反訴請求原因中昭和三四年一〇月一〇日から遅延損害金を加算して主張している部分は昭和三五年三月一〇日まで支払期限の猶予を得ていたとの被告山田の本訴における主張に反するもので、これは本訴において同被告が主張する支払猶予の事実の不存在を自から認めている証左となると附陳した。
第三 証拠関係(省略)
別紙
第一目録
(一) 東京都新宿区西落合一丁目一五八番地
家屋番号同町二四三番
木造瓦葺二階建居宅 一棟
建坪 五九坪九合七勺
二階 二三坪一勺
(二) 右建物のうち玄関に向つて左端六畳及び中央四畳半の二室
(三) 右建物のうち二階西側六畳一室
第二目録
東京都新宿区西落合一丁目一五八番の五
宅地 二一〇坪三合四勺